とても深いヨーロッパの歴史の中に存在したシエナ。
ここでは、簡潔にわかりやすくシエナの歴史を追ってみましょう!
シエナは中世の時代に、栄えた一つの国でした。
・・・・・・・『シエナ共和国』です。
2018年になった今もその当時と変わらない遺産がシエナの街には残っています。
街の中心にあるカンポ広場の正面にはプッブリコ宮殿がありますが、当時はシエナ国政府として機能していた建物です。
今も残るシエナの街を覆い囲む高い城壁、その当時のシエナ国の強固たる防壁として大いに機能していたことでしょう。
街の建物の多くが13~15世紀の頃から修復を重ねながらも残っています。
また、16世紀中ごろまで誇り高い独立国として存在したシエナには、独自の伝統や文化が生まれ、現代にその色を濃く残しています。
起源としては、古代エトルリア人が居住していたことで都市のとしての痕跡がありますが、シエナが重要な都市として認知されたのは中世になってからといわれています。
12世紀から13世紀にかけては、フランチジェーナというフランスとローマまでを結ぶ巡礼の街道の中継地ということもあり、シエナは目覚ましい発展を遂げました。
巡礼は徒歩での長い旅になるので、療養する場所も必要だったわけですね。
そして、13~14世紀にはヨーロッパの金融業の中心として栄え、フィレンツェのメディチ家と権力を争うほどの国家となりました。
日本でいえば室町時代になりますが、1472年には『モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行』という現在にまで存続している世界で初めての銀行がシエナに誕生します。